
第十八話:『ツィギー旅に出る』
うっすらとももいろにそまった花びらがふりつもる町です。 しんとした宙をはらはら、はらはら、花びらが雪のように 一枚、また一枚、散っていきます。遠くで女の人の 誰かを呼ぶ声。子供の笑い声。「おう、我が世の春という日だなあ!」知らない紳士に とつぜん声をかけられてツィギーがびっくりしてみあげると、 紳士はなにか大変気分がいいといった風情で足元を よろめかせながら花の下を歩いていってしまいました。
あなたは覚えておられるでしょうか、もうずいぶん前に プッピンが帽子をつくっていたとき、余ったハギレを のりではりあわせてポッペンがつくったぬいぐるみを。 つぎはぎのクマのツィギー、彼は魔女子さんの助手として あれからずっとめざましい活躍をしていたのでした。
そのツィギーが今、肩にはらりとくっついた花びらを 指でつまんで思うのです、「この花がみんなサクランボになって、 赤くつやつやした宝石みたいな実をみんながおいしそうに たべる頃には、ボクはどのへんにいるだろう」
バラが咲いたあとはバラの実、ミカンの花のあとは ミカンがなるように咲いた花はかならずや実となるんだよと 魔女子さんに教わったツィギーでした。 道に迷ったときは道ばたの石に聞くとよい、いちばん 利口だからと教わったツィギーでした。そのツィギーが 置き手紙をして、魔女子さんの留守中にそっと出てきたのです。
<たいへんながくお世話になりました。ぼくは旅にでようと思うのです。 そしていつかきっとここに帰ってきたいと思うのです。ツィギー>
こんな早い春の、サクランボになる前の花がはらりはらりと 散っている時こそは旅立ちにうってつけなのではないか? とつぎはぎの背中を伸ばしながらツィギーは思うのでした。 そして魔女子さんに教わった「陽気な口笛」というものを しきりに吹きながら、勇み足で花の中を歩いていったのです。
ところでツィギーが手紙を書くのに用いた筆記具は 「朝のパンのかけら」でしたから、そのうち窓から入ってきた 鳥たちが文字を全部たべてしまいました。
それで、魔女子さんが仕事から帰ってきたときには、 窓辺の机には何も書いていない真白な紙がおいてあって、 その上にはうすももいろの花びらがいちまい、 のっかっているだけだったのです。
(おしまい)



