第二十一話:『スマッフィー登場』
せっかく今日は凧上げをしようとはりきっていたポッペンとプッピンでしたが、 外は雨。「あーつまらない。つまらないったらつまらない。つまらないったら つまらないったら、つ、ま、ら、な、い」ポッペンは「つまらないの歌」を 歌っています。「つまらないの歌」を歌っていると「つまらない」が減っていくから、 というのがポッペンの言い分なのです。それで、プッピンがクッキーを焼こうと 意見を出して台所へ行ったあとも、ポッペンは窓辺で一人、この「つまらないの歌」 を歌っていたのでした。
「なにがつまらないんだい?」そこへひょっこり窓の外に顔を出したのが ネズミです。いや、正式にはネズミのぬいぐるみというべきでしょうか? なんにせよ不思議ないきものです。なぜって、全身水色のフェルト製でしっぽが 長いのはいかにもネズミらしいとはいえ、しっぽばかりか足までがすらりと 細く長く、靴は黒いエナメル製、タータンチェックのベストの胸元には 赤い蝶ネクタイまで結んでいるという、ちょっと街でみかけたら振り返らずには おられないほどの洒落者ぶりなのです。
「あっ、あなたはスマッフィー!」
小麦粉を計ろうとして手を白くしたプッピンが思わず叫びました。
「おや、覚えていていただけましたか。そう、たしかに私はスマッフィー、 いつだったかこの家で生まれし者のひとり」どこか時代がかった身ぶりで話すこの ネズミは、以前に熱につかれたようなプッピンの手から次々に生まれたネズミの ぬいぐるみの一人なのでした。
「あれから私は一人で住んでいるお嬢さんの家にもらわれていきましてね、 それからお嬢さんが旅に出ることになったので、トランクの中に入れてもらって、 一緒にいろんな国々をまわったのです。トルコからペルシアへと向かってね、 イスタンブールのトプカプ宮殿ではルビーやサファイアなどの宝石がぎっしり ついた王冠なども一緒に眺めましたっけね。ところがバグダードではお嬢さんが 十本の指全部に指輪をはめた紳士ととつぜんに結婚されることになりましてね、 それで何か素敵な花飾りのたくさんついた馬車に乗って、ずいぶん急いだ様子で 行ってしまわれたのですが、そのときにお嬢さんはどうしたのか私を連れていく のを忘れてしまったらしいのです。ええ古いトランクと一緒にね。 それからが大変だったのです。不思議なことが次々に起こってね」
半ば得意げに話すこのネズミの物語には、まるでおとぎばなしを聞いている かのような、にわかに信じ難い箇所も多くありましたが、それだけにポッペンと プッピンを虜にするのに充分でした。気がつけば「つまらないの歌」の歌詞も メロディーすらも思い出すことができないほどだったのです。
「つまりあなた、女の子に捨てられちゃったというわけなのね?」
ポッペンのひとことに、スマッフィーは少しも動じることなく話しはじめ、 その話にはまったく「とぎれ」というものがありませんでした。
そこで、お忙しいみなさんには、このスマッフィーの身の上話をいつかゆっくりと 聞いてあげていただきたい、と心からお願いするばかりです。
(おしまい)